相続人の意思確認が難しいときは、遺産分割協議書への署名を先に集めず、何が確認できていないのかを整理します。話しにくい、文字を書けない、説明を理解することが難しい、分け方に納得していない、という事情では必要な支援が異なります。高齢であることや診断名だけで、本人が決められないと扱うことは避けてください。
本人が希望を伝えられる方法を探し、それでも法律行為の理解や判断に不安がある場合は、署名前に弁護士等へ相談します。既に成年後見制度を利用している場合も、誰にどの権限があるか、他の相続人との利益が対立しないかを確認してから進めます。
制度確認日:2026年9月11日
改正注記の確認日:2026年9月17日。2026年6月24日には、成年後見制度の見直しを含む改正法が公布されました。法務省は、公布から2年6か月以内の政令で定める日に施行すると案内しています。本稿は確認日時点の裁判所の運用案内に沿った説明です。実際に申立てをする際は、施行日と適用される制度を改めて確認してください。法務省:成年後見及び遺言の制度の見直し

意思を確認できない理由を分ける
「母は入院中なので協議に参加できない」という情報だけでは、本人が判断できる状態かは分かりません。面会方法に制限があるのか、声や文字で伝えることが難しいのか、相続の説明を理解しづらいのかを分けます。家族の案への反対や、考える時間がほしいという意思も尊重する必要があります。
| 困っていること | 最初に確認すること |
|---|---|
| 話す・聞く・書くことが難しい | 本人が使いやすい説明・意思表明の方法 |
| 内容の理解や判断に不安がある | 本人の状況と、法律上の支援の要否 |
| 説明は分かるが同意しない | 何に納得していないか、合意形成の問題か |
この区分は家族が意思能力を判定する検査ではありません。相談時に状況を伝えるための整理です。「返事が短い」「家族と違うことを言う」などの印象だけで、本人を協議から外さないようにします。本人の希望と家族が望む結論を、別々に書き出すと混同を防げます。
本人が考え、伝えるための準備
説明する資料には、相続財産の全体、提案している分け方、本人が取得するものを分かりやすく示します。専門用語の多い協議書だけを渡すより、財産ごとに内容を整理した資料を用意すると、分からない点を尋ねやすくなります。家族の提案を既に決まったことのように伝えないことも大切です。
聞こえ方、見え方、体調、集中できる時間などに応じて説明方法を調整し、急かさず本人の言葉を確認します。必要に応じて、日頃の様子を知る医療・介護・福祉の関係者に、どのような伝え方なら理解しやすいかを相談します。支援者が本人の代わりに結論を答えてしまうと、本人の意思が見えなくなります。
厚生労働省の成年後見制度の案内も、本人が意思を形成し、表明し、実現する過程を支える考え方を示しています。過去の発言だけで現在の意思を固定せず、その都度確認することが必要です。出典:厚生労働省「意思決定支援について総合的に学ぼう」。
確認の記録には、日時、同席者、説明した資料、本人の発言、分からないと話した点を残します。これは法的有効性を保証する書式ではありませんが、後から専門家に経過を説明する助けになります。家族の解釈だけで「全部了承した」とまとめず、確かめられたことと未確認のことを区別してください。
署名や印鑑だけで解決しないこと
民法は、法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかった場合、その法律行為を無効としています。署名がある、実印が押されている、印鑑証明書があるという形式だけで、この問題がなくなるわけではありません。出典:民法第3条の2。
一方、手が不自由で書けないことと、内容を理解して判断できないことも同じではありません。本人に意思がある場合の署名方法や確認資料は、提出先の取扱いと法律上の問題を確認して決めます。「家族だから」と勝手に本人の名前を書いたり、本人の理解を確かめないまま押印したりすることは避けてください。
本人の署名が難しいから委任状だけ先に作る、という進め方にも注意が必要です。委任すること自体についても本人の意思や理解が問題になります。疑問が残る段階では、完成した協議書への署名依頼を保留し、何を確認すれば協議に進めるかを弁護士等に相談します。
後見・保佐・補助の権限を確認する
成年後見制度の法定後見には、後見・保佐・補助があります。本人の判断能力の程度に応じた仕組みであり、家族の都合だけで種類を選んだり、親族が当然に代理人になったりする制度ではありません。出典:裁判所「成年後見制度について」。
成年後見人は、本人の財産を管理し、財産に関する法律行為を代理する立場です。保佐では遺産分割は原則として保佐人の同意を要する行為ですが、保佐人が本人に代わって協議する代理権まで自動的に付くわけではありません。補助でも、同意が必要な行為と代理できる行為は、個別に付与された権限を確認します。出典:民法第13条・第17条・第859条・第876条の4・第876条の9。
既に制度を利用している場合は、登記事項証明書、審判書、代理権や同意権の範囲が分かる資料などを、担当する後見人等と確認します。肩書を聞くだけでは、今回の遺産分割を誰がどの立場で行うか判断できません。任意後見契約がある場合も、契約内容と監督人選任等による効力発生の状況を別に確認します。
制度の利用を新たに検討する際は、相続後の生活や財産管理まで見通す必要があります。裁判所の案内では、遺産分割など申立てのきっかけが解決しても、当然に後見等が終了するわけではないとされています。候補に挙げた親族が必ず選任されるとも限らないため、申立て前に制度全体を確認してください。
後見人も相続人である場合
例えば、本人と成年後見人が同じ遺産について共同相続人になると、分け方によって一方の取得が他方に影響します。このような利益相反のある遺産分割では、後見人がそのまま本人を代理できるとは限りません。家庭裁判所による特別代理人の選任が必要になる場合があります。
ただし、後見監督人が選任されている場合は、その監督人が本人を代理するため、特別代理人の選任は不要とされています。保佐・補助では、遺産分割等の代理権を付与されている場合に、臨時保佐人・臨時補助人や監督人による対応を確認します。「後見人と同じ扱い」と一括りにせず、現在の権限と監督人の有無を確かめます。出典:裁判所「特別代理人選任(成年後見人と成年被後見人の利益相反の場合)」。
本人の財産を他の家族に多く渡すための手続きではありません。本人の利益を踏まえて協議内容を検討する必要があります。家族だけで代役を決めたり、署名後に権限を整えればよいと考えたりせず、案の検討段階で後見人等と専門家に相談してください。
相談前にまとめる資料と相談先
相談時は、相続関係、主な財産、分け方の案、本人とのやり取り、制度利用の有無をまとめます。医療情報を必要以上に一斉送信せず、相談先に求められた範囲を確認して共有します。判断能力に関する医師の評価と、協議の法律上の有効性や代理権の判断は、役割が異なります。
法的判断や紛争への対応・代理は弁護士、家庭裁判所へ提出する書類の作成は司法書士等に相談します。医療・福祉の関係者には本人が意思を伝えるための支援を相談できます。相続税など別の期限が関係する場合は税理士等にも状況を伝え、本人の意思確認を省略して処理を急がないようにします。
当事務所では、本人の意思や代理権、必要な専門家の対応が確認され、相続人間で合意できた内容を前提に、受任可能な範囲で書類作成を検討します。確認が未了の場合は、その点を分けてお伝えください。遺産分割協議書作成のご案内で業務の範囲をご確認いただけます。
よくある質問
認知症の診断があれば、必ず本人は協議できませんか?
診断名だけで一律に決まりません。本人の状況と、今回の法律行為についての理解や判断を確認する必要があります。家族だけで有効・無効を決めず、支援の方法と法的な対応を専門家に相談してください。
家族全員が納得していれば、本人の代わりに署名できますか?
他の家族の合意は、本人の意思や代理権の代わりにはなりません。身体的に署名が難しい場合も、勝手に代筆せず、本人の意思と提出方法を事前に確認します。
成年後見人がいるので、すぐに協議書を作ってよいですか?
権限の確認に加え、後見人自身も相続人であるなど利益相反がないかを確認します。監督人の有無によって対応も変わるため、分割案と相続関係を担当する後見人等に伝えるところから始めてください。
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書類作成の相談では、確認済みの事情と、意思確認・代理権など未確認の事情を分けてお知らせください。相続手続きに関するお問い合わせからご連絡いただけます。
相談を担当する行政書士
吉田雄介(行政書士登録番号22130594)。エールZEAL国際行政書士事務所(埼玉県比企郡滑川町)。事務所・行政書士の紹介をご覧ください。